全体としての動きを「暗黙知」で捉える

こども,子供のからだ技能,発達,遊び

マイケル・ポラニー(英、Michael Polanyi)は、「我々は語ることができるより多くのことを知ることができる」と言います。「語られることを支えている語らざる部分に関する知識」が「暗黙知」であると定義しています。

知らずのうち自然に習得することができた技能は、次第にその後ルーティン化し、身体感覚として身に付きます。たとえば「歩行」はその一つです。

ヒトは、ひとたび「歩行」できるようになると、手足の動かし方や動かす順序、力の入れ具合、そのタイミングなどの細かいことをいちいち考えることなく進むことかできます。このように「歩行」は、もはやヒトが特に意識することなく再現できる技能です。

どうしてうまくできるのかについて、どんなに言葉を重ねても詳細には説明できない技能として身に付いています。つまり、自分は気がついていなくとも、身体が知っている「歩行」に関する知識が身に付いている状態と言えます。

人が新しく「歩行」の技能を身に付けるときには、「歩行」の細かい動きを部分的に学んだり捉えたりしていません。やっと立ち上がれるようになった幼児が、部分的な細かい身体の操作をどうするということを考えるはずがありません。彼らは、何回も「歩行(よちよち歩きなど)」を経験します。そして、ほとんど無意識で滑らかな操作に近付くことができるようになる時を経て、その後、熟練した「歩行」としてコツが自在に働くようになります。 

全体像に部分項目を加えその部分を説明したり意味付けたりするのは、動き全体の意味を消滅させ知識の全体性を破壊することになるというのがポラニーの考えで、この対象の全体性を捉えることが「暗黙知」であり、動きのコツなのです。

ヒントは、週2回(月・金)アップロードされます。(令和4年4月1日現在)

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