子供は、なぜ、遊ぶのか?
以前は、遊びという子供たちの主体的な活動を通じて健全な身体発育に必要な刺激を得ることができました。
ところが、子供たちをとりまく生活環境が変わり、少し前までは非常にポピュラーだった運動遊びを目にする機会が少なくなりました。遊びが自然に行われ「子供は遊ぶのが仕事」と言われていた時代、遊びの価値や必要性をとり立てて議論する必要はありませんでした。こうした遊びの減少や変化は、学習指導要領の考え方にも影響しています。
昭和43年版の学習指導要領までは、体に対する刺激として運動を捉え、体力の向上を主なねらいとしていました。しかし、昭和52年版以降、運動の特性を子供の発達的特性という立場から見直し、運動することによって活動欲求を満たし、運動の楽しさを経験させようというねらいが出てきました。それが、「運動遊び」という考え方でした。
遊びとは、本来自由で主体的な活動です。だからこそ子供たちは、遊びの中に楽しさを見い出し、時間を忘れて遊ぶのです。
楽しいから遊ぶのです。楽しくなくなったらルールを変えるか遊びをやめればいいのです。それが子供たちの自然な姿です。
打算的に大人が考えるように、遊びは運動能力の向上に役立つとか、情緒を安定させるのに役立つ、遊びによって社会性が身に付く、そんなことを考えながら子供は遊んでいないのです。
古代ギリシャの格言に「村から子供たちの歓声が聞こえなくなった国は、やがて滅びる」というものがありますが、子供たちにとって遊びがいかに生活と密着したものなのか、よく理解できます。