Omake(29年版学習指導要領)

体育科の授業のヒントではないですが、平成29年版学習指導要領から10年先の授業を考えるためのヒントを並べてみました。あくまでも「おまけ」です。

1 資質・能力が足らなかったPISAショック

OECD(経済協力開発機構)の学習到達度調査(以下、「PISA」と言う。)において、2003年、2006年と連続して、日本は多くの分野で順位を下げました。これが「PISAショック」です。PISAは、日本では高校1年生を対象に実施されますが、その時は、いわゆる「ゆとり教育」が原因ではないかと問題視されました。

しかし、2009年から日本の順位は再び上昇し、次の2012年でも、さらに順位を上げました。「脱ゆとり」を掲げて平成20年(2008年)に小学校学習指導要領(以下、「20年改訂」と言う。)が改訂されましたが、その全面実施は23年度(2011年)からです。20年改訂による上昇とは考えにくい結果でした。2012年に調査対象となった高校1年生は、小学校時代、20年改訂での授業をほとんど受けていなかった世代なのです。

20年改訂を待たずして日本の順位が上昇した要因についてOECDは、「教科と総合的な学習の時間のクロスカリキュラム」「実社会での知識や活用力に焦点をあてた全国学力テスト」と報告しています。文部科学省は、これらに加え「教員の普段からの授業改善への地道な努力に要因があった。」と分析しています。

こうした分析をもとに検討、審議した結果、平成29年版の学習指導要領において各教科等の目標が資質・能力の3つの柱で再整理されたことや、答申(中教審第197号、平成28年12月21日)で指摘されていた授業改善の視点であるアクティブ・ラーニングが「主体的・対話的で深い学び」として示されたことにつながったのです。

2 公式だけ知っていても求められない平行四辺形の面積

平成19年度の全国学力・学習状況調査算数Bで面積に関する出題がされました。

東公園と中央公園、どっちが広い?

長方形の東公園と平行四辺形の中央公園では、どちらが広いかという問題です。この正答率が18%と極めて低率だったのですが、平行四辺形の「高さ」が中央公園の外に示されていたため、「底辺×斜辺」で求めた児童が34%もいたことが問題視されたのです。

これならできる「底辺×高さ」

なぜなら同じこの年、「高さ」が平行四辺形の内側にあった算数A問題では、その正答率が96%と高かったからです。

この結果は、「平行四辺形の面積は、底辺×高さですよ。」「分かりましたか?」「しっかり覚えましょう。」だけで覚えた知識は容易に転移せず、思考・判断・表現を通して自在に活用できるようにまでに至らならないことを物語っています。

20年改訂は「ゆとり」と「詰め込み」の対立が不毛な議論とされた改訂で、今回もその意志は受け継がれました。「何を知っているか」という知識の価値に加えて「どのような問題解決を成し遂げるのか」までが新学習指導要領のコンセプトですが、そこには、知識量では人間をすでに凌駕しているAIの時代への懸念もあったのです。

3 頼朝もがっかりな陳腐化した知識「いいくにつくろう」

「いいくに つくろう かまくらばくふ」と何度も唱えて1192年は、「いいくに」という語呂合わせにより多くの子供たちに定着しました。しかし今や、1192年は源頼朝が征夷大将軍に任命されただけの話で、そのことをもって鎌倉幕府成立と言えないという説も浮上し、1192年には「?」マークがつきました。知識の陳腐化です。

 こうした知識は、もはやAIには、全くかないません。一度インプットされたら、忘れることの無いAIは、再現性において人間より優れ、どんな細かいネタでもインプットしておけば、すぐに引き出せます。教科書には決して登場しないようなマニアックな人物でも、何年に何をしたか、呼び起こすことさえできるのです。

 AIは、これまで人間が行ってきた仕事の機械化や自動化をもたらしました。以前は、計算の知識や技能がないとお店番もできなくて困ったものですが、現在の店員さんは計算どころかレジ打ちさえしません。バーコードを読み取らせれば合計金額をレジが計算し、お釣りまでレジが自動的に出してくれるので、「はい。○○円のお釣りと、こちらレシートです」と言って渡すだけの店もあります。

AIがこうした作業をスイスイできるのは、事前に「このように計算しなさい」「つり銭を数えて、一緒にレシートも出しなさい」と目的を与えているからです。かつてペスタロッチが「型にはまった仕事」と呼んだ多くは機械化が進みましたが、AIには無い自ら目的を設定する「主体性」に、人間としての強みを見出したのが平成29年版の学習指導要領なのです。

4 降りる人のことを考えて電車に乗れないAI

AIを電車に乗せるとき、「ホームの線をセンサーで感知せよ。周囲とぶつからないように並べ。電車が止まるまで待て。ドアが開いたら乗れ。」と、まず、目的を遂行するための手順をインプットしないと動けません。しかし、このままでは、電車から降りてくる人がいた場合、困るので、「降りてくる人がいるかどうかセンサーで感知せよ。いたら、乗るのを待て。」と、命令を追加します。さらに、ドアのまん前で待っていたのでは、降りてくる人のじゃまなので、「降りてくる人を感知したら、周囲とぶつからないようにして、右によけよ。」と教える必要があります。

 このとき、「降りる人が困るから」「降りてくる人のじゃまだから」といった情報は、その理解がなくても行動できるAIには、不必要です。このAIの行動を見て、「降りる人のことをちゃんと考えていて、おりこうさんだ。」と思ってしまうかもしれませんが、「命令どおりに動けば文句ないでしょ。」がAIです。その行動は、決して相手意識に立っていません。

また、別の駅ではホームに描いてある印が違うかもしれないので、そうなるとセンサーで感知できません。これまでの情報が転移しないため新たに時間をかけて教えてやらないと動けません。

多様な他者との協働など「相手のことを考えながら行動すること」や「違う環境でも過去の経験を活用して行動すること」は、AIにはできません。これからの時代、言われたことしかやらない“指示待ち人間”をこれ以上、育てるわけにはいかないのです。

5 若手教員が増えたことに学習指導要領は、どう対応したか

「最近の若い者は、言われたことしかやらないんだから…。」という嘆きは、ここ数年の話ではありません。古くは、紀元前2000 年頃の粘土板で作られた書簡に「最近の若い者は・・・。」といった言葉が書かれているそうです。かのプラトンも「最近の若い者は、目上の人を尊敬せず、道徳心のかけらもない。」と書き残していたくらいですから、若者のふるまいについての批判は、いつの時代もこの決まり文句です。

 若手教員の活躍を期待するのは、学校も同じです。平成29年版学習指導要領の改訂に際してクローズアップされたことの一つに教員の世代交代がありました。20年改訂のときは、問題になっていません。学校の現状から若い教員が増えたとき学習指導要領はどうあるべきか、それが今回、論議されたのです。

教員を対象としたある調査によると、ベテランと若手との指導で優位に差があったのは、「何を教えるか」の部分だったそうです。若手教員は「これを教えればいいんだな。」の意識で指導しているのに対し、ベテランは「その理解を通じてどういう力を伸ばそうか。」まで考えた授業をしてきたというのです。若手の授業は、知識及び理解にとどまりがちですが、ベテランは、思考力・判断力・表現力等や学びに向かう力・人間性等までを身に付けさせるような授業改善をしてきたという調査結果です。

これを受けて新学習指導要領では、3つの資質・能力ベースで目標を再整理し、若手の教員にも分かるように作ったので、「こんなに増えたんだ。」という量感があるのです。

6 アクティブ・ラーニングは、大学の授業改善の視点だった

20~30年後にAIの時代となっても、人としての強みはどこに発揮されるのか、その時どんな力が必要なのか。平成29年版学習指導要領は、そこに焦点を当てて改訂されました。「何を学ぶのか」(内容)だけでなく「どのような力を身に付けるのか」(資質・能力)、それを「どのように学ぶのか」(授業改善の視点)までを定めたのです。

たとえば小学校体育科の解説には、「運動が苦手な児童への配慮」が示されています。「かえる足の動きが苦手な児童には、プールサイドに腰かけて足の内側で水を挟む動きだけを練習したり、壁や補助具につかまって仲間に足を支えてもらい練習したりする場を設定するなどの配慮をする。」という具合です。「こういう授業なら、前からやってるよ。」というベテランの嘆きが聞こえてきそうな内容にまで踏み込んだため、20年版に比べると約2倍のページ数に膨らんでしまいました。裏を返せば、「いいか。かえる足は、こうやるんだぞ。ポイントは分かったな? じゃ、練習開始!」という授業ではダメということになったのです。

授業改善の視点に関して改訂のポイント(平成29年2月14日)では、「小・中学校においては、これまでと全く異なる指導方法を導入しなければならないと浮き足立つ必要はなく、これまでの教育実践の蓄積を若手教員にもしっかりと引き継ぎつつ、授業を工夫・改善する必要」があるとし、一方、「高等学校については、大学入学者選抜に向けた対策が学習の動機付けになりがちであることが課題」と指摘しました。

大学の授業改善…。これがアクティブ・ラーニング登場に至った真の背景です。

7 アクティブ・ラーニングの再概念化「主体的・対話的で深い学び」

アクティブ・ラーニング(以下、「AL」と言う。)という言葉は、大学教育の質的転換が目的でした。大学教育では一斉講義型の授業が主流で、それでは主体的に学んでいく能力をもった人材を育成することはできません。知識注入を中心とした授業から、学習者が主体的に問題を見付け、解決を見出していくような授業への転換が求められました。また、センター試験も今後、国語と数学に記述式が入ることになっています。

週に1回か2回程度しか顔を合わせない大学と違って、毎日教室や廊下、休み時間にも生活を共にしながら学ぶ小学校では、初めから授業改善の工夫の視点も違っていました。小学校では、ベテランを中心にALの視点による授業を実践し日々改善を重ねてきているというデータがあるので、「ALったって、今までやってきたことと同じじゃない?」「おせっかいなことするなあ。」という見方にもなります。

しかし、ALをよく理解していない教員の中には、「グループ学習すればALなんでしょ。」と誤って捉えていることもあるので、全ての教員がALの視点に基づいた授業ができるような平成29年版学習指導要領になったのです。

小学校では、必ずしもALという表現を必要としていない実態がありますが、ALは、答申の時点で「主体的・対話的で深い学び」として再概念化され、平成29年版学習指導要領の各教科等において「指導計画の作成と内容の取扱い」で言及されました。これまでやってきたような「主体的・対話的で深い学び」を実践せよと言っているのです。

8 資質・能力の3つの柱、その訳とは?

PISA 調査の基本概念となっているOECD の「キー・コンピテンシー(主要能力)」は、今回の中教審でも取り上げらました。これらは、「生きる力」と基本的には同じ考えに基づいています。

そもそも 「コンピテンシー(能力)」とは、単なる知識だけではなく、表現や態度をも含む様々な心理的・社会的なリソースを活用して、複雑な課題にも対応することができる力のことです。その「キー」となるのが、① 社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力(個人と社会との相互関係)、② 多様な社会グループにおける人間関係の形成能力 (自己と他者との相互関係)、③ 自律的に行動する能力 (個人の自律性と主体性)の3つの視点です。

この考え方の中心に個人が考えて行動することの必要性があります。ここには、AIの得意分野である「目前の状況に対して特定の定式や方法を反復、継続的に当てはめることができる力」だけではなく、AIが人間に全く太刀打ちできない「変化に対応する力」「経験から学ぶ力」「批判的な立場で考え、行動する力」が含まれています。

「何を学ぶか」だけでなく「何ができるようになるか」というカリキュラムとしての国際的通用性から考えられた「キー・コンピテンシー」に基づいて、29年版学習指導要領は、資質・能力の3つの柱で再整理されました。これからの社会を創り出していく子供たちが、世界に向き合っていくための資質・能力が、各教科等の目標に示されたことになります。

9 「どのように学ぶか」を身に付けられるようにする授業

平成29年版学習指導要領は、①世界に通じるコンピテンシー(能力)、②AI時代における人間の強み、③教員の世代交代の主に3つの趣旨により審議し、改訂に至りました。今後の教育の方向性を決めるにあたって、面積の公式や年号などの知識を、どのようにして生きて働くものにしていくかが、問われたのです。

まず、「何を学ぶか」という学習内容が決められました。小学校外国語教育の教科化は、その一つです。さらに、各教科等で育む資質・能力を目標や内容を構造的に示しました。「何を学ぶか」だけにとどまらず「何ができるようになるか」を目標とし、①知識及び技能、②思考力・判断力・表現力等、③学びに向かう力、人間性等3つの柱で構成したのです。なお、評価もこの3つで行われることになりますが、「学びに向かう力・人間性等」は、「主体的に学習に取り組む態度」として観点を設定します。一人一人のよい点や可能性など個人内評価は、観点別学習状況の評価になじまないからです。

 資質・能力を身に付けられるようにするためには「どのように学ぶか」が重要となり、知識の注入ではない授業展開が必要です。そこで、主体的・対話的で深い学び(AL)の視点からの授業改善が求められました。この視点は、小学校のベテラン教員はすでに実践しているので、これを若い世代にしっかり引き継いでいくことを重視していきます。

「何を学ぶか」「何ができるようになるか」「どのように学ぶか」などは、29年版学習指導要領の総則に示されました。

10 あまり読まれない「総則」に、大事なことが書いてある

学習指導要領が改訂されたとき教員は、それを法的な根拠として指導するという職業柄、本来であれば全部読み込んでおくべきです。しかし、とてもそんな時間がなく、よくて自分の得意な教科等に目を通すくらいでしょう。「自分が担当している学年なら全ての教科等を読み込んでいる。」という人にも出会ったことがありません。多くの教科等は、教科書があるので、それをしっかり使っていれば未履修になることもなく安心できるからでしょう。

平成29年版学習指導要領が、これまでと大きく違っているのは、「何を学ぶか」(学習内容)だけでなく、「何ができるようになるか」(資質・能力)と「どのように学ぶか」(主体的・対話的で深い学び)などが加えられている点です。このことは、総則に書かれています。「各教科等さえ読んでいないのに、指導と関係なさそうな総則を読むなんて…」と思ってしまいますが、総則を知らずして、各教科等だけ読み込んでいればいいというわけにはいかないのです。

今回は、大きな改訂なので、誰もが一度、総則の概要をおさらいしておくことが必要です。 総則には、これまで述べてきた「何ができるようになるか」「何を学ぶか」「どのように学ぶか」のほか、「何が身に付いたか」(学習評価)、「子供の発達をどのように支援するか」、そして、これらを「実施するために何が必要か」などが書かれています。

総則の内容は、社会と連携・協働しながら未来の創り手となれるような資質・能力を育むための根本的な理念で、移行期間は無く、平成30年度からの実施されました。

11 社会に開かれた教育課程で現代的課題に対応できる力を身に付ける

総則では「何を学ぶか」について、身に付ける資質・能力を教科等横断的な視点に立って育成することが示されています。各教科等の目標や内容を見渡して相互の関係で捉え、現代的な課題に対応して求められる資質・能力を育成できるようにしていきます。これは、総合的な学習の時間(以下、「総合」と言う。)が初めて登場したときの考え方とよく似ています。

総合が、野球の試合をする時間であると仮定してみます。このとき、野球の知識も技能も無いメンバーが集まっても試合になりません。そこで、試合が成立するよう、各教科等で基本を学んでおきます。たとえば、国語では野球のルールを学び、社会でキャッチボール、算数でバッティングを練習し、理科の時間にチームとしての守備隊形の動きを学ぶのです。(ここに示した内容は、各教科本来の内容ではありません。あくまで、便宜的に設定しているだけです。)

これらのことを生かして、総合で試合ができますが、各教科等の断片的な知識や技能だけでは、なんとなく試合が流れるだけで面白くありません。そこで、もっと楽しい試合にするための工夫を総合で考えるようになります。各教科等に戻って基礎的なことをもう一度やり直すことになるかもしれません。試合で守備が破綻したので、社会の時間にキャッチボールから鍛え直すという具合です。

単なる「知識及び理解」だけでなく、横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して身に付ける資質・能力とは何かを、29年版学習指導要領においては、「社会に開かれた教育課程」として重視していくことになりました。子供たちに身に付ける資質・能力を社会と共有するということです。

12 東大合格を目指したAI「東ロボくん」の無念と功績

国立情報学研究所は2011年、2021年度の東大合格を目標に「東ロボくん」というAIの開発を始めました。理数系で偏差値76.2と、最も難関の理科三類の合格レベルにまで到達しましたが、2021年度を待たずしてこのプロジェクトは凍結しました。東ロボくんが文脈や文章の意味を理解することが不得意すぎて、このまま開発を進めてもそこを突破できないと分かったためです。

問題文を計算式にまで解析できれば、どの受験生をも圧倒できる驚異的な計算力があり、文の一部が空欄になっている箇所に適切な単語を選ぶような問題は、完璧です。自分が持つデータに照らして解答する方法が有効だったからですが、卓抜な計算力と暗記力で簡単に答えを出せる一方で、問題文に潜む「意味」を理解しなければならない要素があると、お手上げでした。

例えば、「図1のように…」といった“前振り”の意味するところを東ロボくんは、理解できなかったのです。 「A.宿題を忘れた」「B.おまけに遅刻した」「だから…」に続く文として(1)私は寝坊した。(2)宿題は必要だ。(3)生活習慣を改善する。の3つの選択肢があるとしたとき、東ロボくんは、Aと同じ単語が入っている(2)や、「遅刻」と一緒に使われる確率が高い「寝坊」が含まれる(1)を選んでしまいます。文脈を理解できず、自分のデータにある単語の組み合わせの頻度から推定して答えてしまうためです。

果敢にチャレンジした東ロボくんの功績を受けてか、平成32年度の大学センター試験から、国語と数学において記述式の回答を求める出題がされることになりました。

13 「学びに向かう力、人間性等」の指導内容が具体的な教科は、体育科だけ

平成29年版学習指導要領では、各教科等の目標の記述を「知識及び理解」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の資質・能力の3つの柱で再整理しています。ただし、体育科を除いて「学びに向かう力、人間性等」の内容は、示されていません。これは、もともと体育科には、「学びに向かう力、人間性等」に係る指導内容が含まれていたからです。

学校では、友達といっしょに学習する場面が多く見られます。隣の席の人と考えを伝え合う活動やグループで行う理科の実験、家庭科での調理実習など、友達の存在は、欠かせません。このとき、「協力」したり「仲よく」したりするのは前提で、これらの態度的側面がなければ、学習が成立しません。

しかし、理科や家庭科の学習指導要領に「仲よく」することの指導については、その記載がありません。友達と活動をするときの配慮として「仲よくやりなさい」「協力し合いましょう」と指導しているだけです。こうした友達との関わり方の指導内容は、道徳と特別活動に見られるだけで、教科では体育だけです。1・2年生では「だれとでも仲よくし…」、3年生以上では「協力、公正などの態度を…」という文言が目標に記載されており、これが「学びに向かう力、人間性等」の資質・能力と極めて深いかかわりをもっているのです。

「仲よく」や「協力」が目標であり内容でもある体育は、ズルをしている子供や自分ばっかりな子供に、学習の中で指導し評価しなければならない唯一の教科といえます。

14 子供が考える場面と教師が教える場面を、どう組み立てるか

授業改善のための手立てとして示された「主体的・対話的で深い学び」。これは、資質・能力を身に付けられるようにするためのAL視点の授業改善です。したがって、「主体的・対話的で深い学び」の「型」が存在するわけではなく、また、直接的にそれを研究することにさほど意味はありません。

このAL視点の授業改善は、講義形式が多かった高等教育に対して「高等学校における教育が、小・中学校に比べ知識伝達型の授業にとどまりがちであることや、卒業後の学習や社会生活に必要な力の育成につながっていない」と答申で指摘されたものです。なお、小・中学校では、「これまでと全く異なる指導方法を導入しなければならないと浮き足立つ必要はなく、これまでの教育実践の蓄積を若手教員にもしっかりと引き継ぎつつ、授業を工夫・改善する」とされています。

「主体的・対話的で深い学び」は、1単位時間の授業の中ですべてが実現されるものではありません。単元や題材のまとまりの中で、知識・理解が得意なAIにはできない主体的に学習を見通し振り返る場面やグループで対話する場面をどこに設定するか、学びの深まりを生み出すために子供が考える場面と教師が教える場面をどう組み立てるかなどの視点で、実現されていくものなのです。

「ALって毎時間、何か話し合う場面を作ってれば、いいんでしょ。」と、学習活動を子供の自主性のみに委ねればいいと誤解していると、活動することそのものが目的となり、学習の成果につながらない「活動あって学びなし」と、過去にも批判されたような授業に陥っていきます。

15 計算ドリルなどの反復練習の時間が減った

ある民間会社が、平成28年の夏に公私立の小・中学校・高等学校の教員に対して授業に関する意識調査を行い、平成29年3月にその報告をしました。

それによると、この10年でグループ活動を取り入れた協働的な学習に対する意識が高まってきていることが分かりました。小学校では、10年前の42%から50%へ、中学校では37%から48%へ伸長したそうです。高等学校でも一斉画一型の授業からの脱却を図ろうとしているようで、9%から24%へと大躍進です。

グループ活動に対する意識が高まったことの要因と考えられるのは、平成20年版学習指導要領で言語活動の充実が謳われたことや、29年版学習指導要領に至る審議の中でALが提唱され、「主体的・対話的で深い学び」が今後の授業改善の視点として脚光を浴びるようになったからと考えられます。  

一方、計算や漢字などの反復練習を心がけている教員の割合は減少しました。昔は、イヤになるほどドリルをさせられたこともありましたが、今回、小学校では、52%から37%へと約3分の2まで減っていました。協働的に学習するための時間を確保しなければならなくなり、その分が基礎・基本の習得にかけていた時間から削られているという見方もできます。しかし、それでも、基礎・基本が大事であることには変わりありません。「ALが導入されるんだから、話し合ってさえいればいい。」ということには、ならないのです。

この調査では、世代間差も見られ、若年教員が増える中、29年版学習指導要領に基づく学習の質的転換を図るのは、容易ではないことも伺えます。

16 各教科の見方・考え方が働くようにする

ALについては、「話し合っていればいいんでしょ。」と誤って認識していると学びの深まりを欠く表面的な活動に陥ってしまうので、「深い学び」の視点が重要となってきます。そこで、学びの深まりのキーとなるものとして各教科等の特質に応じた「見方・考え方」がクローズ・アップされました。授業改善を進めるにあたって、この「見方・考え方」がポイントになります。

 子供たちには、各教科等における学びの過程において、「どのように物事を捉え、どのような考え方で思考するのか」という、対象を捉える視点も育っていきます。国語では対象と言葉或いは言葉同士の関係性を言葉の意味や働き、使い方などに着目して捉えたり、算数では数量や図形をそれらの関係に着目して論理的に考えたりします。年号を1192と覚えるのではなく、中世における鎌倉時代の意義を江戸幕府との比較を関連付けて考えたりします。

つまり、対象と対象との関係性を各教科等の特質に応じて見付けていく作業が「見方・考え方」です。関係性を追究することは、AIがもっとも不得意とするジャンルです。

3つの資質・能力ベースで目標が定められた新学習指導要領では、各教科等での「見方・考え方」を駆使した課題解決によって、各教科等の存在意義が明確になるはずです。「なぜ体育をするの?」といった問いの回答が体育科における「見方・考え方」だからです。この「見方・考え方」を、大人になっても自在に働かせられるようにすることにこそ、教員の専門性が発揮されることが求められます。

17 新語続出! カリキュラム・マネジメント

国語はここまで、理科はここから、道徳ではこの範囲でというように、各教科等では、それぞれの守備範囲が決まっています。目標と指導内容が教科等ごとに規定されているからですが、「見方・考え方」を将来も自在に働かせることができるようにするには、その教科等の中だけの学びで終わっていられません。

例えば言語活動、情報活用、問題発見・解決など学習の基盤となる能力や、人権教育、国際理解、伝統・文化、オリ・パラなどの現代的な課題に対応して求められる能力について、単独の教科等だけでは身に付けることができにくくなります。

そこで各教科等の枠組みを越えて横断的な学習を充実する必要があります。その最たるものは、総合的な学習の時間ですが、わざわざ時間設定しなくても各教科等の時間の中で扱うことができます。

「〇〇教育」は、教科等横断的な学習によってすべてカバーできるという考え方だからです。「〇〇教育」と出るたびに「また、新しいことが始まった。どの時間にやるんだよ。」と言っていたことを、今後は、「一人一人の教員が全体を考えて進めなさいよ。」ということになりました。

そのため学校全体として、どのような教育課題について、どのような時間配分をして教育課程を編成するのか、どのような人的・物的体制を整えるのかをコントロールしていかなくてはなりません。そのことで最大の学習効果が期待できるからです。

このように、教育課程を軸として学校教育の改善・充実を図っていくことが、「カリキュラム・マネジメント」と呼ばれるものです。

18 現実となった「オコノミボックス」

話しかけるとAIがいろいろなことをしてくれる時代がきました。話しかけるだけで様々な質問に答えてくれるだけでなく、好きな音楽を流したり家電をコントロールしたりできる“装置”が、市場をにぎわしています。

これらのことは、すでにスマホの中で行われていました。検索機能では、「近くのレストラン。」とスマホに話しかけるだけで、地図上に結果を示してくれます。しかし、スマホでお風呂を沸かしたりエアコンを入れたり、部屋のカメラでペットの様子を確認したりするなど、その多くはアプリを起動させる必要がありました。それが、すべて話しかけるだけで済んでしまう近未来の入口に来ているのです。 ドラえもんに出てきた「オコノミボックス」です。

ドラえもん④ - 2015年12月12日夜ごろにともだちさんが投稿したお題 - ボケて(bokete)

アナログ時代は、テレビの後ろに人が入っているものと思っていたら中身は真空管だったことに驚いたものですが、スマホを分解しても、そのからくりを理解できません。便利な機能をもつスマホは、ほとんど「魔法の箱」という捉えです。意図した命令がうまくスマホに伝わらないと、期待しない結果が導き出されることもあります。このとき「自分の意図する活動を実現するために、どのようにしていくといいのか」を論理的に考えていく力を「プログラミング的思考」と呼び、29年版学習指導要領では、その育成のための「プログラミング教育」を行うことになっています。

自動販売機やロボット掃除機など、身近な生活もコンピューターとプログラミングの働きの恩恵を受けていて、人の意図した処理をAIが行えるようになっていることを理解できるようにしていきます。

19 3つの資質・能力が、どう身に付いたのかを評価する

学習評価には、子供たちの学習状況を検証し教育水準の維持向上を保障する機能があります。そのため目標に照らして設定した観点ごとに学習状況の評価と評定を行う「目標に準拠した評価」を実施し、子供たち一人一人の学習内容の確実な定着を目指します。学習評価を通じて、指導の在り方を見直すことや個に応じた指導の充実を図ることが重要で、これを「指導と評価の一体化」と言います。

現在、学習評価の観点は、「関心・意欲・態度」「思考・判断・表現」「技能」「知識・理解」の4つですが、3つの資質・能力ベースで整理された29年版学習指導要領でも「目標に準拠した評価」とすることから、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」にそって評価が行われることになります。しかし、「学びに向かう力・人間性等」に示された資質・能力は、「主体的に学習に取り組む態度」として観点を設定します。一人一人のよい点や可能性など個人内評価は、観点別学習状況の評価になじまないからです。

「主体的に学習に取り組む態度」は、挙手の回数やノートの取り方など形式的な活動で評価するものではなく、自らのめあてをもち、課題解決の方法を見直しながら学習を進め、その学びの過程を通して粘り強く知識・技能を獲得したり思考・判断・表現しようとしたりしているかどうかの側面を捉えなければなりません。こうした子供の学習状況を見取るためにも、ALの視点からの授業改善が29年版学習指導要領では、欠かせないのです。(終)

Posted by Yabechan